棚田 of 別府長期滞在施設「ホリデーハウス御園」古民家で田舎暮らし

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棚田の定義

棚田とは、棚傾斜地に階段状をなし、畦畔(けいはん)をつけてひらかれた小区画の水田の総称です。農林水産省は,1988年の「水田要整備量調査」で<傾斜1/20(水平方向に20㍍進んだときに1㍍高くなる傾斜)>以上の土地にある水田を棚田と定義しました。

日本の棚田

飛鳥時代(592年)ごろには既に日本国内に存在していました。
古代の農地利用を現代に現す、文化的価値の高い農業遺産と考えられています。
日本全国には、全水田面積の約8% にあたる22.3万㌶の棚田があります。米の生産機能のみならず、山岳地帯に囲まれていた地域では、土地の有効活用や灌漑の機能も有しておりました。近年では、農産物の機械化と工業化が進み、効率性を重視した農地利用が行われていますが、棚田は古代の農業を現す重要な歴史的資料となっていることは間違いありません。

内成の棚田と棚田百選

内成の棚田は、42㌶にも及ぶ広大な面積の中に約1000枚の棚田があります。
九州屈指の規模を誇り、景観の面でも、それを維持するために地域に「内成の棚田を守る会」と呼ばれる、地域住民主体の部会を設け、景観保護に努めております。内成には棚田の絶景ポイントが存在しております。内成の棚田が一望できる「月見石」、標高が高く階段状の棚田景観を見渡すことができる「太郎丸」、棚田を下から見あげる「下畑(しもばた)」の3箇所が絶景ポイントとなっております。
この規模と景観により、内成の棚田は1999年に農林水産省が選出する「日本の棚田百選(全国117市町村・134地区の棚田)」に選ばれました。
選出の基準は、棚田として定義付けされた、「傾斜度が1/20」よりも急で、いかにも「棚田」と思えるような場所が選ばれています。
大分県からは挾間町詰・湯布川奥詰棚田などの5カ所が棚田百選に選出されています。
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内成の棚田の歴史

棚田の形状には、歴史的には「迫田(さこだ)型棚田(凹状)」と「山田型棚田(凸状)」とに区分されます。
迫田は、山間の浅い谷にある水田です。浅い谷の一番奥まったところが傾斜になっており、そこに拓かれた水田は棚田状になっています。これを「迫田型棚田」と呼びます。 迫田は、古墳時代、飛鳥時代の明日香に「土坡の棚田」として存在していたと言われています。内成の棚田は、迫田型棚田と呼ばれています。
内成の棚田は、鎌倉時代(1185年頃-1333年)の古文書には既に記載されており、中世中期頃から存在していたと考えられています。約1000年以上前から、存在していた訳で、当時の技術を考慮すれば、10㌃の棚田を造田するために、28年もの歳月がかかりました。
(内成には石工や大工が多かったので、効率の良い作業で棚田を作れましたが、もしかしたら、もっと労力がかかったかもしれません。)
つまり、現在の42㌶の内成棚田を造り上げるのに、100年から150年の歳月がかかったということになります。そして、それが今でも当時の姿を残して現存しているということは棚田を尊敬する地域文化と、当時の人々への畏怖の念から成り立っていると考えられます。



参考文献


 佐藤末喜氏  内成の棚田について
 保田祐子   棚田保全のための主体形成に関する研究
 棚田学会   
 社団法人 農村環境整備センター  日本の棚田百選
 農林水産省所管 日本の棚田百選